2009年05月31日
水俣は遥かになりて・10
1962年、チッソと労働組合との間に「安定賃金闘争」という労使紛争が生まれる。会社のロックアウトに対し組合は全面ストを打つものの、スト破りで組合が分裂。最後まで闘い続けた第1組合員たちは、職場復帰後は配転などの過酷な労務差別にあう。
“会社の労働者に対する仕打ちは、水俣病に対する仕打ちそのもの―”
のちの労働組合定期大会では、「恥宣言」が決議された!
『今まで水俣病と斗い得なかったことは、正に人間として、労働者として恥しいことであり、心から反省しなければならない』

チッソの“悪”を認めて反省する会社側の人々がでてきたのと前後して、いままで孤立無援だった水俣病の患者家族を支える「水俣病市民会議」が誕生している。その後も「水俣病を告発する会」など市井の支援は広がる。
高度経済成長の真っただ中、日本経済発展のためという旗印の下に、チッソは水俣病の原因物質である有機水銀を副生し続けた!
そしてそのプラントは、68年5月、稼働を終了する!
それから3ヶ月後の8月、そのタイミングを待っていたかのように政府はようやく水俣病の原因をチッソ水俣工場の排水と認めた。
公式確認から実に12年後の「公害認定」だった。確信犯を12年間もの間自由にしていたのである!
この長い長い12年の間にも悲しき被害者は生まれたのである・・・。
政府の罪は重い!!!
“会社の労働者に対する仕打ちは、水俣病に対する仕打ちそのもの―”
のちの労働組合定期大会では、「恥宣言」が決議された!
『今まで水俣病と斗い得なかったことは、正に人間として、労働者として恥しいことであり、心から反省しなければならない』

チッソの“悪”を認めて反省する会社側の人々がでてきたのと前後して、いままで孤立無援だった水俣病の患者家族を支える「水俣病市民会議」が誕生している。その後も「水俣病を告発する会」など市井の支援は広がる。
高度経済成長の真っただ中、日本経済発展のためという旗印の下に、チッソは水俣病の原因物質である有機水銀を副生し続けた!
そしてそのプラントは、68年5月、稼働を終了する!
それから3ヶ月後の8月、そのタイミングを待っていたかのように政府はようやく水俣病の原因をチッソ水俣工場の排水と認めた。
公式確認から実に12年後の「公害認定」だった。確信犯を12年間もの間自由にしていたのである!
この長い長い12年の間にも悲しき被害者は生まれたのである・・・。
政府の罪は重い!!!
Posted by hamkichi at 12:12│Comments(0)
│水俣病